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志摩スペイン村 パルケエスパーニャ 招待券 金券買取表

金券 - レジャー 買取価格
志摩スペイン村 パルケエスパーニャ 招待券
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志摩スペイン村 パルケエスパーニャ 招待券
志摩スペイン村 パルケエスパーニャ 招待券

(2013年7月30日現在のデザイン)



志摩スペイン村

志摩スペイン村(しまスペインむら)は、三重県志摩市磯部町坂崎にある複合リゾート施設。 志摩スペイン村は近畿日本鉄道(近鉄)が、総合保養地域整備法(通称:リゾート法)の施行に合わせ1988年に策定された「三重サンベルトゾーン」構想に基づき、三重県志摩郡磯部町(現・志摩市)の協力を得て開発した施設で、テーマパーク「パルケエスパーニャ」を中核施設に、ホテル志摩スペイン村、天然温泉「ひまわりの湯」の3施設で構成されている。 開発当初は、リゾートマンションやコテージ等を多層的に展開するレジデンシャルゾーンの開発計画もあったが現在は凍結されている。


概要

開発経緯

近鉄が志摩半島での観光開発に着手したのは、伊勢志摩エリアが1946年に国立公園に指定されたのがきっかけである。1951年には戦後初のリゾートホテルである志摩観光ホテルを賢島に志摩スペイン村開業、そして1960年代初期には東京オリンピック開催に合わせ、ゴルフ場や別荘地等を開発するために広大な土地の取得を始めていた。

しかし、本格的に志摩スペイン村の開発が始まったのは1967年に策定された第3次輸送力増強5箇年計画発表以降である。この計画は、1970年の大阪万博の来場者を伊勢志摩まで誘致する目的で、当時孤立線であった近鉄志摩線(25.4km)を近鉄山田線と接続する鳥羽線(13.2km) を新たに建設し、合わせて志摩線を標準軌化することで、大阪・京都・名古屋から賢島まで特急列車の直通運転を可能にするものであった。この工事は1970年1月に完成し、同年3月に開通した。これにより万博からの周遊客などの利用により近鉄特急の利用者数は大幅に増加した。しかし、式年遷宮以降は期待されたほど特急利用者数は増えず、伊勢志摩への観光入込客数も1,300万人から1,400万人で停滞していた。このため、近鉄は1970年代半ばから伊勢志摩の観光入込客数の活性化策として、大規模なリゾート開発の策定に着手した。近鉄は、観光入込客数の停滞の要因を「伊勢神宮や鳥羽水族館、ミキモト真珠島という観光資源に過度に依存し、海産物をはじめとする食の豊かさに安堵し観光開発を怠ったため、若年層やファミリー層の観光ニーズに合わない旧来の観光地とイメージされていることに起因する」と分析し、これらの層も含め集客力の強いテーマパークを中心とした大規模なリゾート開発を決定した。

当初、近鉄は志摩半島に点在する4ヶ所の社有地(合計開発敷地面積:522ha)を利用して、志摩線の複線化を軸とした複数のリゾートを開発する計画を持っていた。鳥羽市畔蛸(あだこ)町と相差(おおさつ)町にまたがる南鳥羽地区の社有地には分譲別荘・リゾートマンション・ペンション・コンドミニアム・ショッピングセンター・アミューズメント施設を、旧磯部町坂崎地区の社有地にはテーマパークを、旧阿児町横山地区の社有地にはゴルフ場を、旧阿児町国府地区の社有地には既存のゴルフコース沿いにマリーナやサーフスポット等の海洋レジャー施設の建設を、それぞれ予定していた。この計画に基づき、近鉄は1988年2月には三重県と国土庁に開発計画を届け出ている。そして地元との調整が整った場所から順次着工し、21世紀初めまでには志摩半島に一大リゾートを完成させる構想を抱いていた。

しかし、バブル崩壊と共に景気動向の先行きが不透明となったことから、まずはリゾート法の適用を受け地元との調整も整っていた志摩スペイン村から開発することになった。志摩スペイン村計画自体も縮小化され、テーマパーク「パルケエスパーニャ」の開発事業費は、当初発表された680億円から、いったんは480億円へ、最終的には600億円へと変更されており、ホテル志摩スペイン村も客室数500室(100室を会員制/1200人収容)規模から約半分の252室に縮小された。また、開発事業費約500億円規模に及ぶ居住区域の同時開発も中止となった。

基本理念

志摩スペイン村開発計画にあたっては、自然環境の保全を原則に、基本理念を「こころの再発見」におき、テーマをスペインとした。

バブル崩壊の社会情勢から「もの」から「こころ」へ。経済優先からゆとりという流れの中で、「伸びやかな空間のなかでゆったりとした時間を楽しく過ごす」ことのできる場所が求められるとし、これをスペインの人々のゆとりやおおらかさと、スペインの大地の豊かさ。これらの体験、共感を通して、「人間らしさの回復」や「こころの再発見」をすることを全体コンセプトとした。

テーマとしてスペインが選ばれた理由

月刊レジャー産業やアミューズメント産業等の業界誌に掲載された開業当時の志摩スペイン村経営陣のコメント等によれば下記のような理由が上げられている。

  • 「三重サンベルトゾーン」計画そのものがスペインをイメージしていたこと。
  • 三重県は観光立県だが、スペインも人口約4千万人に対して約5千万人あまりの観光客がある観光立国であること。
  • スペインの北部サンティアゴ・デ・コンポステーラは巡礼の地であり、お伊勢まいりと相通するものがあること。
  • 計画当時、バルセロナオリンピックとセビリア万博の開催にあたり、日本でもスペインへの関心が高まっていたこと。
  • 志摩半島の海岸はリアス式海岸だが、リアス式海岸のリアスとはスペイン北西部のガリシア地方でリア(入り江)が多く見られることから命名されたこと(スペイン語でリア(ria) は入り江を意味する)。

しかし、月刊レジャー産業(1994年6月号)に掲載された初代志摩スペイン村取締役社長である谷原武夫へのインタビュー記事によれば、志摩スペイン村開業当時の近鉄社長で志摩スペイン村開発推進者であった故・金森茂一郎(初代志摩スペイン村取締役会長)がテーマパークの開発にあたって文化性を強く出す方向性を示唆した。これに基づきコンセプトを策定した結果、日本ではスペインはあまり紹介されていないが、カルメン、ドンファン、闘牛、ドン・キホーテ等いろいろと日本人になじみのある話題が意外に多い点に着目し、スペインという国をテーマとし文化性の強いテーマパークを作り上げようと結論づけた。ただし谷原は「それじゃ何故スペインかということですが、ほかではあまり取り上げられていないからというだけではちょっと説得力が弱いかと思いますが、一番ポピュラーな説明としましては、スペインに関して日本人が持つイメージはというのは、明るい太陽と海辺というものが一つのイメージだろう。志摩というイメージが大体合致している。そういうことで良いのではないか思いました。」とも述べている。

開発エピソード

志摩スペイン村の開発エリアは全て伊勢志摩国立公園内で、自然公園法による「規制計画」等で無秩序な開発や利用を防ぐ特別地域に指定されていた。このため、志摩スペイン村開発当初に開発できたのは開発面積全体の約30%程度で、一時的に工事で伐採した緑地についても新たに植栽し緑地に戻したほか、志摩スペイン村テーマパークでは第1駐車場の一部(現在のピレネー部分)を芝生化した駐車区画を設けたり、コロシアムの座席周りに芝生を張るなどして緑地化率を高める工夫がされた。また、先のスペインをテーマに選定した過程を述べた月刊レジャー産業のインタビューで「この地域全般の特色ですが漁業権が非常に確立しています。畑のような感覚ですね。畑の中にむやみに立ち入れば叱られる。養殖漁業のために海が使えない傾向をもっていますが、なんとか漁業権との調整をとって将来的にはマリンレジャーも提供できればありがたい」と述べている。

しかし、当初計画案があった近鉄志摩磯部駅から志摩スペイン村への定期航路計画は頓挫し、ひまわりの湯を開業するにあたっても海洋への温泉の排水が及ぼす海水濃度への影響で、養殖をはじめとする漁業補償問題のため本来は掛け流しが可能な湯量があるひまわりの湯だが循環ろ過式での営業となるなど現在でもマリンレジャーを開発できる状況には至っていない。

敷地面積

志摩スペイン村の全体開発面積は113haで、東京ドーム(建設面積4.67554ha/グラウンド面積1.3ha)に換算すると約24個分(テーマパーク部分だけでも約7.2個分)にも相当する広大なもので、その内100haについては近鉄が1960年代初期に取得した物である。しかし、上下水道や道路などインフラが未整備のため非常に簿価が低い社有地であり開発が中止されていた(志摩スペイン村開発にあたっては、取得済みの社有地100haの他に、周辺の13ha程の敷地を、国土法の特定民間施設の申請をして新たに取得している)。

全体計画面積 113ha

  • テーマパークゾーン 34ha
  • ホテルゾーン 8ha(温泉ゾーン含む)※延べ床面積:ホテル/約3.1ha、温泉/約0.21ha
  • 保存緑地ほか 71ha

沿革
  • 1987年(昭和62年)6月 - 総合保養地域整備法(通称 リゾート法)が施行。
  • 1988年(昭和63年)
    • 2月 - 近畿日本鉄道から4地区(南鳥羽、磯部、横山、国府)の開発計画を三重県に提出。
    • 7月 - 国が三重県の基本構想を承認。
    • 10月 - 近畿日本鉄道企画室に志摩スペイン村建設計画プロジェクトチーム発足。
  • 1989年(平成元年)
    • 1月 - 志摩スペイン村環境アセスメント調査を開始。
    • 4月 - 土地利用対策委員会幹事会、土地利用計画を承認。
    • 5月 - 知事より大規模土地取引事前協議の結果通知。
    • 6月 - 志摩スペイン村建設計画プロジェクトチームが発展解消し近畿日本鉄道伊勢志摩開発室設立。
  • 1990年(平成2年)
    • 3月 - 開発申請に関する覚書を磯部町と交換。
    • 7月 - 環境アセスメント調査に関する「評価準備書」公告縦覧。
    • 12月 - 同上、「評価書」公告縦覧、開発申請。
  • 1991年(平成3年)
    • 5月 - 資本金3億円で株式会社志摩スペイン村を設立。
    • 6月 - 開発許可。
    • 7月 - 土木工事に着工。
  • 1992年(平成4年)
    • 6月 - 建築工事に着工。
    • 10月 - 資本金を12億円に増資。
  • 1993年(平成5年)12月 - 資本金を24億円に増資。生活廃水処理施設完成。
  • 1994年(平成6年)
    • 3月 - ごみ焼却施設完成。
    • 4月22日 - パルケエスパーニャ開園、ホテル志摩スペイン村開業。
    • 6月17日 - パルケエスパーニャ入園者100万人(開業から59日)を達成。
    • 11月5日 - パルケエスパーニャ入園者300万人(開業から198日)を達成。
  • 1995年(平成7年)
    • 2月 - 資本金を48億円に増資。
    • 3月 - エントランス内にドンキホーテ&サンチョパンサのグリーテイングカルーセル、フラワーワゴン、ドンキホーテ&サンチョパンサの顔花花壇を新設。
    • 6月1日 - 年間パスポートの発売を開始。
    • 7月 - 志摩スペイン村パルケエスパーニャ入園者500万人を達成。
    • 9月8日 - 近鉄百貨店阿部野店にパイロットショップがオープン(現在は閉店)。
  • 1996年(平成8年)
    • 2月 - スペイン・ガリシア州フェア「フィエスタ・デ・ガリシア」を開催(2月27日~5月31日)。
    • 3月22日 - 日本経済新聞社「地域活性化貢献大賞」受賞。
    • 4月19日 - 公式ウェブサイト公開。
    • 4月22日 - 幸せの鐘を新設。
    • 7月20日 - クエントスの森を新設。
    • 11月23日 - コロシアムに可動式屋根を新設。
  • 1997年(平成9年)
    • 3月 - ピレネー、ドンキホーテ冒険の旅、エンバシーホールを新設。
    • 4月1日 - ホテル志摩スペイン村の営業権が志摩観光ホテル株式会社から株式会社志摩スペイン村に譲受され直営化。
    • 4月24日 - パーク・ホテル間の連絡通路開設、パルケエスパーニャで初のチャペルウエディングを挙行。
    • 6月4日 - 志摩スペイン村パルケエスパーニャ入園者1千万人(開業から1099日)を達成。
    • 10月 - ドラ・カタリネウ展開催(10月1日~11月30日)。
  • 1998年(平成10年)
    • 3月 - スペインサロンを新設(現在は閉鎖)、カスティリャ・イ・レオン料理フェア開催(3月1日~7日)、ピカソ版画「スイット・ヴォラール」展を開催(3月1日~19日)。
    • 4月 - スペイン通貨・ペセタ建ての入園券、パスポートの発売開始(通貨がユーロに移行したのに伴い中止)。
    • 4月10日 - カンブロン劇場でニュープログラム「ディスカバラーズ」上映開始(現在は上映中止)。
    • 4月24日 - フィエスタ噴水がオープン。
    • 6月10日 - リゾートイン磯部が開業。
    • 7月 - 「キャラクター展」~ドンキホーテとその仲間たち~を開催(7月18日~9月27日)、さよならストリートパーティーキャンペーン開催(7月18日~1999年1月31日)。
    • 10月 - スペイン・マドリード州フェア「マドリード・マドリード」を開催(10月1日~12月25日)。
  • 1999年(平成11年)3月1日 - 新パレードエスパーニャカーニバルがスタート、ロストレジェンド広場を新設、サンタクルス通り延伸、株式会社近鉄百貨店と近観フーズ株式会社に委託していた物販、料飲部門を直営化。
  • 2000年(平成12年)
    • 3月 - 自家用発電施設完成。
    • 4月22日 - ドンキホーテバルーンが営業開始。
    • 7月 - スペイン・アンダルシア州フェア・スペインフェア2000「アンダルシア!」を開催(7月20日~10月9日)。
  • 2001年(平成13年)
    • 4月22日 - ひまわりの湯が開業。
    • 10月 - 生ゴミ堆肥化施設が完成。
  • 2002年(平成14年)
    • 2月8日 - マールエスカレータ内に太陽の洞窟を増設。
    • 3月23日 - シベレス時計台にからくり時計を増設。
    • 6月23日 - パルケエスパーニャ入園者2千万人(2891日)を達成。
    • 7月10日 - 汚泥脱水処理設備が完成。
  • 2003年(平成15年)
    • 2月 - 資本金を120億円に増資。
    • 3月21日 - ウォーターシンフォニー、チョッキーの不思議な館、花とワインのギャラリーを新設。
  • 2004年(平成16年)
    • 3月1日 - 開業10周年、マタドール、光の宮殿を新設、氷の城を常設。
    • 10月11日 - ひまわりの湯入館者百万人を達成。
  • 2006年(平成18年)
    • 2月 - 資本金を9千万円に減資。
    • 9月1日 - 資本金1千万円で株式会社志摩スペイン村を新規に設立。
    • 9月17日 - ひまわりの湯入館者150万人を達成。
    • 10月1日 - テーマパーク運営事業を近鉄レジャーサービス株式会社に譲渡。株式会社志摩スペイン村は志摩スペイン村土地建物株式会社に商号変更。また新規に設立された株式会社志摩スペイン村が近鉄レジャーサービス株式会社から志摩スペイン村(パーク・ホテル・ひまわりの湯)の運営管理業務を受託。
  • 2007年(平成19年)3月1日 - 不思議の国のアリスを新設。
  • 2008年(平成20年)3月1日 - ピエロ・ザ・サーカスを新設。
  • 2009年(平成21年)7月11日 - ダルのファンタジーワールド360を新設。
  • 2010年(平成22年)2月19日 - イルミネーションライド“くるみわり人形”を新設。

志摩スペイン村の社会・経済効果

関連事業の再編

近鉄は2006年7月25日に「近畿日本鉄道・志摩スペイン村関連事業の再編」を発表したが、内容は減損処理会計導入に伴う資産の買上げ等の支援策の際に複雑化した志摩スペイン村関連資産(テーマパーク、ホテル、温泉)の所有権と経営主体を整理し事業の効率化と債務の分離を目指したもので、志摩スペイン村テーマパークに関する資産を近鉄と旧運営会社(株)志摩スペイン村から商号変更し、債務も含め資産管理会社となる志摩スペイン村土地建物(株)に移譲し、ホテル関連資産及び経営事業についても、2006年10月1日に(株)近鉄志摩ホテルリゾート(同年11月に解散)から近鉄レジャーサービス(株)に譲渡された。これにより志摩スペイン村関連事業の経営は全て近鉄グループのレジャー事業の中核企業である近鉄レジャーサービス(株)が受持つこととなり、同社が志摩エリアで経営する賢島宝生苑や志摩マリンランド等との効率的な運営を図れる体制整った。尚 志摩スペイン村の運営は新たに設立された運営会社(株)志摩スペイン村が近鉄レジャーサービス(株)から全面委託され従業員も全員転籍している。

現状

  • 志摩スペイン村開園初年度の1994年度2月期は単年度黒字だったが翌年からは8年連続の赤字に陥っていた。しかし、2001年度に近鉄が2006年度3月期から導入される減損処理会計導入を見据え、志摩スペイン村よりアトラクション施設等の一部を167億円で買い取る支援策を実施。これにより資産評価及び償却負担の減少、借入金の金利も軽減したのに加え人件費(早期退職制度導入等)や外注費、広告宣伝費を削減しコストも抑えた。また、新規施設として天然温泉「ひまわりの湯」を建設にあわせテーマパークのコンセプトテーマを「スペイン」から南米等を含む「スペイン語文化圏」までに要素を拡大し物販アイテムの拡充を図るなどした結果、2004年度2月期は単年度黒字となったが、帝国データバンクの企業データによれば売上高は1994年度に約293億円あったものが2005年度には約48億円まで落ち込んでいる(近鉄に買い取られた施設については、現在は賃借で使用している)。
  • 志摩スペイン村開業10周年の2004年度には、ゲストに不評であった「スペイン語文化圏」からコンセプトテーマを原点の「スペイン」に戻し、闘牛とフラメンコをテーマにアトラクションも新設されスペインを感じさせるイベントも多く開催された。
  • 2005年度は、2004年に実施された志摩スペイン村10周年イベントの反動と9月まで開催された愛知万博の影響で上期の入園者が減少しており、UFJ総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)がまとめた「2005年・東海3県主要集客施設・夏休み集客実態調査」によれば、夏休み期間の入園者については前年の52万7千人から43万5千人のマイナス17.5%と報告されており、最終的に発表されて2005年度の入園者数は156万6千人で対前年度マイナス13.5%と大幅な減少となった。
  • 2006年度の入園者目標数は170万人と発表されており、「今しかない家族の時間」をキャッチコピーに、小学館とのタイアップにより「ドラえもん」関連イベント等が春から開催されており、三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる「2006年・東海3県主要集客施設・GW集客実態調査結果」によれば、GW期間(4/29~5/7:9日間)の入園者数は13万4千人と、2005年度GW期間(4/29~5/8:10日間/12万2千人)より期間が1日短かったにもかかわらず9.8%増と好調であった。また夏休み期間(7/21~8/31:42日間)についても三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「2006年・東海3県主要集客施設・夏休み集客実態調査結果」によれば44万5千人と11%増と好調を維持していたが、季刊エンターテインメントビジネスによる月別入園者数の発表では9月以降の入園者数は対前年度割れとなっており、日経新聞等の報道によれば最終的には約158万人と辛うじて前年を上回る数字で終わった。
  • 2007年度は年間テーマを「マジック(魔法)」とし、体験イベントを通して「驚き」「感動」「楽しさ」を届けたいとしており、3年ぶりに約1億4千万円を投資し新アトラクション「不思議の国のアリス」や新エンターテインメントも導入され、年間入園者目標数は前年増7%の170万人と発表されている。また、2007年3月1日より志摩スペイン村への路線バスの発着駅が近鉄鵜方駅に変更されたことで志摩市内の観光施設へのアクセスの利便性が高まったことと、志摩スペイン村の経営が2006年10月に近鉄レジャーサービス(株)に譲渡されたことにより、「志摩マリンランド」や「賢島エスパーニャクルーズ」等の同社経営の観光施設との積極的なタイアップが可能となったことから、これらの施設とパルケエスパーニャが利用できる周遊パスポート「あそばんせ」も発売された。
  • 「ピエロ・ザ・サーカス」を2008年3月1日にオープンさせると発表。空中ブランコのようなゴンドラに乗って光線銃を撃つ「空中サーカス・アドベンチャー」・消防車のはしごを上下するゴンドラに乗って、炎の標的に銃で水を当てる「ファイヤー・シュート」・3つのアトラクションとゲーム館・そして無料で観覧できる大道芸人らのショーを行うステージや遊具室も併設。投資額は8億円。同時に新キャラクターも登場予定である。
  • 2011年の大晦日からはカウントダウンイベントが中止された、今後もカウントダウンイベントは行わないとしている[2]。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より、一部改編
2013/7/30現在 Copyleft(c)



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